研究室について
研究内容 | 高分子界面化学・両親媒性高分子・自己組織化高分子 |
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所在地 | 〒615-8510 京都市西京区京都大学桂 |
研究室へのアクセス | http://www.t.kyoto-u.ac.jp/ja/access/katsura/index.html |
准教授 松岡 秀樹 桂キャンパス A3 棟014 TEL: 075(383)2619 FAX: 075(383)2475 |
研究概要
イオン性や両親媒性を有する構造規制された高分子を合成し、その分子特性や自己組織体、複合粒子の静的構造および動的特性やその転移の解明を通して、高分子界面にかかわる基礎化学を幅広く展開しています。 界面化学の観点から、高分子であるが故に発現する性質や機能に着目し、その根源を解明し、自己組織化等を通じて、機能材料などへの応用展開を図っています。 メンバーはそれぞれのテーマに対し、合成から物性、構造解析を一貫して担当し、物事の特異性より普遍性を追求する研究姿勢を貫いています。
研究テーマ
両親媒性ブロックコポリマーの精密合成
疎水鎖と親水鎖がつながってできたポリマーは、両親媒性ブロックコポリマーとよばれ、低分子量の石鹸分子と同様に、多分子会合してミセルや単分子膜などのナノ組織体を形成します。 この組織体は、様々な機能を発現することから興味が持たれています。 当研究室では、現在、図1に示すようなイオン性両親媒性ブロックコポリマーをニトロキシラジカルを用いるリビングラジカル重合やRAFT重合により合成し、その基礎的分子物性とミセル形成、 単分子膜形成、高分子ブラシ形成挙動などについて、系統的な研究を遂行しています。
両親媒性ブロックコポリマーの分子特性および自己組織化(ミセル形成)
「界面活性剤」は、その名の通り、気水界面に吸着して、溶液の表面張力を低下させ、その結果、高い起泡性(泡立ち)を示すものです。 (低分子の)両親媒性分子は界面活性とされてきました。また、ミセルは、界面活性剤がある濃度(臨界ミセル濃度)以上で、界面活性分子が自己組織化して形成されるものと定義されています。
しかしながら、私達は、イオン性の親水鎖と疎水鎖から成るブロックコポリマーが、ある条件下において、気水界面に吸着せず、したがって起泡性を示さず、 「界面不活性」であるにも関わらず、水中ではミセル会合体を形成する現象を世界に先駆け発見しました。 これは、界面化学の常識を覆す発見であり、教科書を修正する必要が生じる極めて貴重な成果です。 この「新奇な」現象の発現機構とその普遍性に関し、系統的な研究を精力的に展開しています。 その結果、親水鎖が高分子イオンであることによる気水界面における極めて強い鏡像電荷効果、および分子が「高分子」であることにより形成されるミセルが極めて安定なことが、主要な因子であることが明らかとなってきました。 すなわち「界面不活性性」は、高分子であることにより発現する性質であり、ある意味「高分子効果」であると言えます。
右図は、「界面不活性」高分子水溶液の泡立ちの例です。
左が無塩系、右が添加塩系です。無塩系ではほとんど泡立っていないのに対し、添加塩系では泡立ちが良くなっています。 これは、低分子のイオン性界面活性剤と全く逆の傾向です。(日本の石鹸がヨーロッパの水(硬水)では全く役立たないのはこのためである) これは、界面不活性性の発現の一因が親水ブロックがイオン性であることによる静電的効果(鏡像電荷効果)によるものであることを示しています。 ちなみに、泡の立っていない無塩系でも水中にはミセルが存在しており、その中に疎水性物質を取り込む能力があります(すなわち、油汚れが落ちる)。 この水溶液は、「泡の立たないミセル溶液」という、不思議な溶液なのです。
このミセルのナノ構造とその転移についても詳細な検討を行っています。 まず、ミセルができはじめる高分子濃度(臨界ミセル濃度、cmc)ですが、塩濃度の増加とともに、増加することを発見しました。 低分子のイオン性界面活性剤では、低下することが古くから知られており、教科書にもそのように記されています。 すなわち、界面不活性高分子のcmcの塩濃度依存性は、従来の「常識」と全く逆の傾向を示すのです。 このまた「不可思議」な現象も、界面不活性性の発現機構から説明可能になってきました。塩濃度変化により、気水界面への吸着状態とミセル状態間の平衡の移動が主因と考えられています。
ミセル構造については、X線や中性子の小角散乱(SAXS, SANS)、および静的・動的光散乱(SLS, DLS)測定により、詳細な情報が得られます。 右図に示すような、NaClの添加による、球状ミセルから棒状ミセルへの転移などが観測されています。 また、これらイオン性両親媒性高分子のミセルは、イオン性コロナで覆われているため、添加塩耐性が非常に高く、通常のミセルやコロイド粒子が凝集・沈殿す る0.1M以上の濃度でも安定であり、凝集しない特性を有することが判明しています。
両親媒性ブロックコポリマーの界面単分子膜のナノ構造とその転移
「界面不活性」となる高分子は、疎水鎖と(イオン性)親水鎖の長さ(重合度)がほぼ同等で、水に可溶なポリマー です。 疎水鎖が圧倒的に長くなれば、疎水吸着が優勢となり「界面活性」な高分子となり、さらには水面で安定な高分子単分子膜を形成するようになります。 この単分子膜の形成挙動を、ブリュースター角顕微鏡(BAM)や原子間力顕微鏡(AFM)などによる観察や、表面圧 面積曲線(π-A曲線)の測定により解析を行っています。 ポリイソプレンを疎水鎖とするポリマーのπ-A曲線は、Langmuir-Blodgett (LB)トラフによる膜の圧縮により、なだらかに上昇するのに対し、アクリル系の疎水鎖のπ-A曲線には平坦部が現れ、ドメイン形成の可能性を示唆してい ます。
高分子電解質ブラシのナノ構造とその転移
水面単分子膜中で、イオン性の親水鎖は、水面下に向かって生えている「高分子電解質ブラシ」を形成すると考えられていました。 しかし、X線や中性子の反射率測定を厳密に行うと、下図のように、水面上の疎水層とブラシ層の間に、親水鎖が密に詰まった「絨毯層」が形成していることが判明しました。 このような3層構造の形成は我々が世界に先駆け発見したことです。 この「絨毯層」は疎水鎖が水と直接接することを避けるために形成されると考えられており、たとえば、ブラシ密度(単位面積あたりの親水鎖の本数)が低ければ、すべての親水鎖が絨毯層形成に費やされてしまい、ブラシ層は形成されません。 しかし、この単分子膜をLBトラフで圧縮すると、あるブラシ密度でブラシ形成が始まります。 このブラシ密度を「臨界ブラシ密度」と名付けています。 この臨界ブラシ密度は、イオン性高分子の種類により異なることを見いだしており、例えば強酸性ブラシ(SO3-)と弱酸性ブラシ(COOH)では、ブラシ形成機構が異なることが示唆されています。
また、強酸性の高分子電解質ブラシは、塩添加により収縮するのに対し、弱酸性ブラシでは、一旦伸張した後、収縮 することが分かっています。 これも強酸と弱酸でブラシ形成機構がことなることを示唆しています。 さらには、強酸性ブラシにはブラシが収縮をし始める「臨界塩濃度」が存在し、ブラシ内の高分子電解質のカウンターイオンの90%以上が、対イオン固定され ているという、極めて特殊な状況となっていることなども見いだされています。 さらには、この添加塩の効果が、イオン種によりことなることも最近発見されています。 すなわち、あるイオン性高分子ブラシの臨界塩濃度は、NaCl, KCl, LiClで異なる値となっており、その順番は、有名なHoffmeister順列と一致することが分かっています。高分子電解質ブラシ内の水の構造に関係 しているのはないかと推察されています。
両イオン性高分子(ポリベタイン)の特性と自己組織化および刺激応答
アニオンとカチオンを併せ持つ両イオン性のベタイン高分子は,通常のアニオン性やカチオン性のイオン性高分子とは異なる特異的性質を有しています. たとえば,イオン性高分子の水への溶解度は,塩濃度の増加に伴い減少しますが,両イオン性高分子の場合は,逆に増加する傾向を示します.最近,ベタインの 一種であるカルボキシベタインのポリマーブラシが,塩の添加により「伸張」する現象が当研究室により発見されました.これは,通常のイオン性ブラシとは逆の傾向です.この保水性に富み,生体適合性が高い ことから,コスメティクスや医用材料へ応用されているベタイン高分子の基礎物性,ベタイン含有ブロックコポリマーの特性と自己組織化,そして,その刺激 (温度,pH, 塩濃度など)応答性に関する研究を,現在,精力的に推進しています.